これはまだ、世界が争いを求めていたときの物語。 という少女と由希という少年は地獄と化した村を走り逃げていた。 お互いが別れてしまわないように強くその手を握って。 昨日…いや昼まではあんなに平穏だった村はその面影を残さず、荒れて行く。 にも由希にもどうしてこうなったのかわからなかったし、教えてくれる人も居なかった。 ただ、逃げなくてはいけないという本能が二人を走らせていた。 周りを見れば、無残に焼かれる家屋。 思い出の場所が、好きな場所が次々と炎に包まれていく。 2人はその光景に、何もできない自分たちに悔し涙を流した。 「!」 彼女が後ろにいない事に気づいた由希は体をすばやく向ける。 いつの間にか、繋いでいた手は引き裂かれていた。 そして目に映るは、涙と泥でぐちゃぐちゃになったの顔。 「逃げて!由希、逃げて…!」 「駄目だよ、!一緒に逃げるんだ!」 由希の言葉には涙を流して首を横に振る。 「どうして!」とに近づくと、彼女の体に刺さっていた矢。 そこから溢れ服に滲む血に由希は息を呑んだ。 淡い色だったはずの洋服は、半分を紅く染めていた。 「もう私はここから動けない…だからっ!貴方だけでも早く逃げて!」 「出来ないよ!そんな事…を置いていくなんて出来るはずないじゃないか!」 由希はなんとかしてを連れて行こうと、再び手を伸ばしながらに近づく。 置いていけるわけがない。愛している人を置いて逃げるなんて出来ない。 に手を伸ばすと、その手をはたかれた。 「草摩 由希!」 怒声の入った声でフルネームを叫ばれ、由希は足を止めた。 彼女の表情は俯いていてわからない。 「逃げなさい!早く!言うとおりにしなかったら赦さないんだから!」 「っでも!」 「行きなさい!」 そう叫んで顔を上げたは眉を吊り上げ由希を睨む。 笑顔を絶やさない彼女のこんな顔を見たのは初めてだった。 「おい!誰か居るのか!」 反論を言おうと口を開けた刹那、聴いた事のある村人の声がした。 声の方向に顔を向ける前に村人に腕を掴まれ、後ろ向きのまま引きずられる。 「早く逃げるんだ!」と自分で歩こうとしない由希の体を担いで走り出す。 村人が駆け出したのをは静かに涙を流しながら微笑んで見ていた。 「愛しているわ、由希」 小さく呟かれた言葉が由希に届いたどうかはわからない。 が呟いた直後、炎が彼女の姿をかき消す。 由希はの方に伸ばしていた手をよりいっそう伸ばすが、村人に抑えられそれ以上動けなかった。 「ーっ!」 名前の少女は返事をせず、言葉は炎に飲み込まれていった。 地獄のような夜を少年は生き延び、再びこの村に生存者と共に帰ってきた。 村には焼け跡しか残っていなかった。 由希はゆっくりと彼女と別れた場所に向かう。 あの夜、と別れたところには、何もなかった。…彼女の死体も残らず灰と化してしまっていた。 だが1つだけ。の大切にしていたペンダントが砂にも似た灰の中に落ちていた。 がくん、と膝を折り由希はその場にしゃがみ込んで、それを見、手に取る。 ひやんり冷たいペンダントを手のひらに収めて抱きしめた。 「ごめん…っ、ごめん」 涙を流しながら何度も何度も呟く。返される言葉はない。 あの時、俺が手を放さないでいたら もう少し早くが居ない事に気づいていたら 無理やりにでもを背負っていっていたら どうして、どうして 「うわぁぁあああああ!」 由希の悲痛な叫びは虚しく村に響く。 彼の瞳からはとどまる事を知らない涙が溢れ出していた。 戦渦愛しているからこそ、共に死にたかった。 |