キッチンのほうから凄くもの凄く良い匂いがする。 「もうすぐ出来るからな」 フライパン片手に振り返った鷹士さんが言う。言葉通り数分後にはテーブルにすべての品が並べられていた。そしてそのすべてが私を誘惑する。僕を食べて?なんて声も聴こえてきそうだ。 「……料理うまいんですね」 「普通だと思うけど…ヒトミに美味しいもの食べさせたかったからな。それでうまくなったのかも」 「やっぱりヒトミちゃん絡みでしたか…鷹士お兄ちゃん?」 嫌味っぽく言うと鷹士さんは「変か?」と真顔で訊き返してきて。冗談で言ったつもりなのに本気に取られると思っていた私は少し慌ててそんなことないですよと必死に首を振る。 その変な空気のまま夕食は開始された。 目の前にあるのは美味しそうなハンバーグ。口に入れてちゃんと食べているはずなのに味がよくわからない。付け合せのポテトもホクホクで美味しそうなのに、手を付けられない。 「…」 「…」 それもこれも皆、この空気の所為だ。 私が悪いのはわかっているのに謝るに謝れない。こんな状況は初めてで頭はヒートアップ気味。 「…味、平気か?薄くないか?」 「は、はい!美味しいです!」 「…あのさ」 「なんでしょう?」 「もし。もし、妹大好きっていう奴が居て妹じゃない子を好きになって、その相手がちゃんだったら…どうする?」 「は?」 「あ!言っとくけど仮定の話だからな?本当じゃないからな?」 否定の仕方がツンデレっぽくて頬が緩む。なんか可愛い。 「私は良いと思いますよ?」 笑いながら自分の意見を言えば、鷹士さんはゆっくり息を吐いて感謝の言葉を一言口にした。 「ちゃんが言ってくれたおかげでなんか勇気出た」 「頑張ってくださいね…っと。ご馳走様でした」 「お粗末さまでした」 自分の食器を持ってシンクへ向おうとすると鷹士さんが私を追ってくる。どうやら彼も食事を終えたようだ。 食器をシンクに置いて水を出す。夕食をご馳走になったのだから洗い物をしないわけにはいかない…というのが私なりの礼儀だと思っていたのだけれど、鷹士さんに止められてしまった。 「ちゃんは何もしなくて良いから、な?」 「そんなわけにはいきません!」 「でも俺が半ば強引に誘ったんだしさ」 「…強引だったっていうのはわかってるんですね、驚きました。けど、洗い物はして帰ります。これは譲りません」 鷹士さんの声を無視してスポンジを持ち洗剤をつけて泡立てる。そのまま食器を持てば、鷹士さんはやっと諦めたようで困ったように笑った。 「今日は美味しかったです。ありがとうございました」 食器を洗い終わって一言。同時に頭を下げる。 「俺も楽しかった。ありがとな」 「…機会があれば、また。」 じゃ私帰りますね、なんて言って玄関に足を向ければ引き止められる腕。何かと思って振り返る。 「俺、ちゃんに言いたいことがあるんだけど…いいかな」 「別に平気ですけど…なんですか改まって」 ほのかに赤く染まる鷹士さんの顔が、私に期待を抱かせた。勘違いするなと自分に言い聞かせて向き直る。 「…あーなんて言えば良いんだろうな…えっと、えっとだな。」 期待してしまっているかもしれない。思考とは逆に赤くなっていく頬が憎い。 鷹士さんの顔を見ることが出来ずに俯きながら、次の言葉を待った。 「だから、だからな。俺さ、ちゃんのこと…好きなんだけど、付き合って、えと付き合ってくれ?あれ、なんか違うな。…付き合ってください、か!」 ここまでにかかった時間はきっと5分くらい。でも、私にとってはもっと長い時間で。 どうしよう。嬉しすぎる、かもしれない。 「…本当に私ですか?」 声が震える。だって、相手はあのシスコンで有名な鷹士さんだ。私であるはずがない。 「ちゃんに決まってるだろ?俺、そこまでドジに見えるかなー…」 「見えます。鷹士さんはドジっこです。世界が認めるほどです。」 「そこまで言われるといっそ清々しいな…」 苦笑してから「それで」と答えを求める問いかけ。 「もう一回言ってくれたら答えてあげます」 見栄っ張りの意地悪。 鷹士さんは向いてないんだけどなんて呟いて、私の両手を握った。 「私は鷹士さんが好きです。付き合ってくれませんか」 口を開いたと同時に言った言葉に彼は少し目を見開いた後、嬉しそうに微笑んだ。 ひとつ先へ踏み出せなかった一歩を今、 おまけ |