目の前に横たわる金髪の青年。もちろん、死んでるわけじゃなくて眠っているだけなのだけれど。 なぜ眠っている彼の傍に居るのかというと、答えは簡単で皆 彼を起こさずに各自街に行ってしまっているからだったりする。疲れているだろうと皆 気を遣ったんだろうけれど、起きたらちょっとは凹むよな、なんて思う。(“ちょっと街に行ってきます”とか置手紙でも残しといてあげたら良いのに) ベッドの横にある椅子に座ってガイを見てると昔のことを思い出して、少し痛い。 ガイがまだ私に触れられて、私がガイの一番近くに居た頃。 + + + 「ガイー、遊びに行こうよー」 「うん、行こう」 お屋敷に行ってメイドさんに挨拶してからガイの部屋に行く、それが私の日課で。 あの頃は今よりもガイの気障発言が少なかったように思う。(今は笑いネタになるぐらい気障。腹筋が痛くなるからやめて欲しい) 最初は渋っているのに、お屋敷の外に出てしまえば私より楽しそうに駆け回って、私を置いて独りどんどん走っていった。 私がついてきていないのに気づくと、私のところまで戻ってきて苦笑しながら「ごめんごめん」と謝った。 「早く行こうぜ」 そう言って私の手を掴んで再び走り出す。体力がなくなってきて「ガイ!疲れた!」と大声で叫べば、また苦笑いを浮かべガイは私に謝る。 「XXって、ホント体力ないよな」 「しょうがないじゃん。ガイみたいに体力馬鹿じゃないもん」 「おいおい、体力馬鹿はねぇだろ…そんな奴と付き合ってるXXもXXだろ?」 ガイは私のことをなんと呼んでいたんだろうか。あだ名?名前?それすらも曖昧で。 それでも、ガイの笑顔だけは今でも鮮明に焼きついている。暖かかった、髪とおんなじ色で輝く太陽みたいに。 今思えば、幸せだったんだと思う。 私はホド崩落の前にマルクトへ移ってしまったから、生きてこられた。 ガイのことは忘れたことはないなんて言ったら嘘になってしまうけれど、ずっと心の奥底で考え、ありえない期待を抱いていた。 けれど、いくら探したってガイはどこにも居なくて、大佐に無理言ってキムラスカ軍の情報も集めてもらったのに見つからなくて、諦めかけた刹那 彼は現れた。 私を知らないガイ・セシルとして。 初めまして、そう言うのはつらかったけれど、忘れてしまったのならそれも良いと思った。あんな惨劇の舞台なんて思い出さないほうが幸せなのだ。(最初はやたら憎らしかったけど) 女性恐怖症に陥っていた彼は私に対しても例外なく症状を見せた。 自分で考えていたよりもショックだったようで、それからはあまりガイに近づかなくなった。たまに必要事項だけの会話をするだけ。周りを見れるようになったルーク(変わりようには吃驚だ)とその他女性陣は私とガイの距離をなんとか縮めようと必死になってくれたけれど、ありがたい行為としてだけ受け取っておいた。 別に仲が悪いわけじゃない。近づかないだけで。 私は過去を未だに見続けているんだ。今を受け止められない。 + + + 「ガイラルディア・ガラン・ガルディオス…もう、この名前じゃないのにね。」 今はガイ・セシルなのに。自嘲気味の声が静かな室内に消えていく。 彼が寝ている所為か、普段より近い距離も気にならない。 「過去に憑かれてるのはどっちなんだろうね」 自然と手はガイの頭を撫でた。小さな子を撫でるように優しく。 我に返って手を離そうとしたときにはすでに遅かった。 ガイの目がパチッと効果音のつきそうな音で開き、私と私の手を一瞬のうちに見た。 「触るな!」 私の手を払う音と叫びに近い声があがる。ガイにしてみれば反射的な反応だったんだろう。言った本人が言われた私より慌てている。 「ご、ごめん、」 「私こそごめん…」 急いで手を引っ込めるとタイミングを見計らったようにルークたちが部屋に入ってきた。 「ガイ!どうした!」 「何かあったの?」 「もしかして…に襲われた、とか?」 「まぁ!!そんなことを…?」 好き勝手言い出したルークたちに「ちょっと待った」とガイが静止をかけて事情を説明する。説明し終わるともう1度「ごめんな」と謝った。 「謝んないで?私の不注意だし…」 「だが…」 「良いから。本当に。…あ、私 大佐に頼まれたことあったんだった!皆も帰ってきたことだし行ってくるね」 誰にも口を挟ませないように勢いよく言い、立ち上がって部屋を飛び出す。少し不自然だったよな、なんて考えながら宿屋のエントランスへ向う。その途中で壁に寄りかかっていた大佐は私が来たのを見て口を開いた。 「彼のアレ、まだ直りませんねぇ。記憶を取り戻して回復には向ってるはずですが。…愛の力でもどうにもならないということですか。残念でしたね、」 「…今は黙っててもらえませんか。てか、ついてこないでください」 大佐を無視して扉の方に歩いていっているのに、腹黒眼鏡は私についてくる。 私のすべてを知っている大佐と話しているとボロが出てしまいそうで怖い。心を守っていた堅い鎧はすでに崩れてしまっている。 「……そんなにつらいですか」 「正直、大佐の嫌味を食らっただけで泣き出してしまいそうな心境です」 「それはそれは。じゃあ、嫌味を言うのはやめておきましょう。泣かれたら困りますから」 「どうも」 「それに、今でも泣きそうですよ?ガイにその顔を見せたら思い出すんじゃないですか?」 「…っ、大佐」 「すみません、冗談です。ほら、貴方は私から頼まれたことをしに行くんでしょう?」 謝っているように聴こえない大佐に恨めしい視線を送って(ムカつくいつもの笑い方された)扉を開ける。 「過去に憑かれているのは貴方だけじゃなくて皆ですよ」 後ろで大佐がそう言ったように思えて、振り返ると閉まる扉の隙間から大佐が手をひらひらと振っているのが見えた。 …あの人なりに慰めてくれたのか。少し嬉しくなったところで気がついた。あの人あんな前から聴いてたわけ…!さっきの感謝の気持ちが薄れていく。(大佐が居ることに気づけよ私…!) はぁ、溜息をついて、することがなくなった私はとりあえず広場に行くことにした。 広場っていうのはどこに行っても子どもたちが居るよね。 樹に囲まれた広場を子どもたちが駆け回る。女の子も男の子も一緒になって走っては笑い、走っては笑う。 昔は私もあんな風だったのだろうか、無邪気に笑いあう子どもたちを見て思った。 「…ガイラルディア」 目を瞑って呟けば、暗いスクリーンに映るガイの笑顔。 「呼んだか?」 そうあの頃の彼は私をと呼んで… 「ガイ!?」 幻聴ではない声に驚いて目を開けるとガイの姿が視界に入る。 なんで、なんでなんで。彼は私のことを覚えていないはずなのに。どうしてその名で呼ぶの? 信じられない、そんな思いを視線で告げればガイは俯きながら謝罪の言葉を口にした。 「俺、君のこと最初から誰かわかっていたんだ」 「…けど、確信がないから黙ってた?」 「あぁ…。は俺に全然近寄りたがらないし、もしかしたら違うのかもしれない。そう思ったんだよ」 「…そっか」 「は俺に遭ったこと知ってたんだろ?」 肯定の言葉を言うには痛すぎて、何も言わずに頷く。 「なぁ。この頃、症状回復してきたと思わないか?」 「思うよ。頑張ってるからね」 ずっと見てたからそんなこと知ってる。ガイは記憶が戻ってから女性恐怖症と戦ってきた。 「そう思ってくれるのか。嬉しいよ」 「本当のことだから」 「。触っても良いか?」 「…は?う、え、あ?」 「だから、触っても良いか?」 「べ、別に悪いこともないけど」 いつの間にか隣に座っていたガイの手が私の方に伸びる。これだけ近い位置に居るだけでも進歩なのにさらに触りたいってどういうことですか! さっきのことがあったからか、ガイの手が触れそうになった瞬間、目を強く閉じた。暗闇の中でガイの手の温度が伝わってくる。 頬をゆっくり撫でるように触れて、親指で下唇に触れる。ガイの手が震えているのはきっと気のせいじゃない。目を開ければ我慢しているようなガイが居た。そんなガイを見たくなくて、体を離す。 「無理、しないで」 「…情けねぇな、俺」 苦笑を返すガイに私は首を振った。情けなくなんかない、凄い格好良いよ。そんな告白みたいなこと言えるはずもなくて、俯く。 「もう一回だけ触らせて」 そう言ったガイは私の返事も訊かずに手を握った。 「ガイ…?」 「今はこれくらいしか触れないけど、絶対克服してみせるよ」 「うん…。ねぇ、ガイ。私からも一個だけお願い良い?」 「いいよ。何すればいいんだ?」 「名前呼んで?出来れば、笑顔付きで」 「それだけか?」 「それだけ」 「」 そのときの彼の笑顔はやっぱり太陽のように暖かかった。 ふれて、つつんで、愛して愛を囁くのはまだもうちょっと先で良いから |