ただいま、若月邸。なぜこんなところに居るのかと申しますと…偶然でしょうか?
実は私もよく状況をつかめておりません。
確か夕飯の材料を買いに八百屋に行って、そこで店番している若月先生に逢って…あれ?


「先生、ひとつ訊いて良いですか?」
「あ?なんだ?」
「なんで私は先生の家に居て、ごはんをご馳走になっているんですかね?」


テーブルにのる不良保健医がつくったとは思えないキラキラ光る色とりどりの野菜を眺めながら問いかけると、向かい側に座る保健医は怪訝そうな顔をした。口を開いたかと思えば出てきたのは溜息。


「…お前、そりゃオレ様が誘ってやったからだろ」
「誘ってもらったのはわかるんですが、どういうくだりなのかがいまいち」


小首を傾げ(自分でやってて気持ち悪い)若月先生を見た。先生は「しょうがねぇな」と呟いて渋々説明を始める。


「オレ様が店番してたときにお前が丁度買い物に来たんだよ。それでお前が買いに来るなんて珍しそうだったから理由を訊いたら今日独りって言うじゃねぇか。だから彼氏であるオレ様が美味い夕飯をつくってやろうと家に呼んだってわけだ。」


説明を聴きながら記憶を辿った。曖昧だけれどそうだったような気がする。
ああ、と言葉を零せば「わかったか?」と馬鹿にしたような先生の口調。少しムッとして「わかりました!」なんて負けじと苛立つ言い方で言い返した。
先生の反撃がきそうだったので(先生に反撃されちゃ堪ったもんじゃない!)口を開けた瞬間に「いただきます!」食事の挨拶をして手前の料理を口に入れる。


「…やだ、美味しい」
「当然。オレ様がつくったんだからな」


見た目どおりの美味しさに思わず感想を呟くと先生のオレ様態度が返ってきてしまった。感動が台無しだ。
先生をシカトして違う料理も小皿にとって一口。なんだろう、凄く美味しいんだけれどムカつく。先生がこんな美味しい料理つくれるなんて反則だと思う。
顔良し、スポーツ万能、家事全般完璧、頭は…まぁ、保健医出来てるくらいだから良いはず…なんでも出来すぎて女として軽く嫉妬。

ムッとしながらも少しずつ小皿に取り分けて食べる。
どんどん進む食をいったん止めたのは苦手なものを見つけたから。

僕を食べて!と主張するオレンジ色の彼。
食べれないわけじゃない。いや、いつもは最初の方に一気に食べるし。でも、でもですね、この大きさからは駄目なんですって!しかも、サラダって…もろに味主張の食べ物じゃないですか。
………そうだ。見なかったことにしよう。
心の中で自己完結して違う料理へと箸を移す。


「おら、サラダも食えよ。偏るだろ」


有無を言わせず取り分けられてしまったサラダ。そこには当然彼ものっているわけで。
私の箸は完全に動きを止めた。引きつった笑みを抑えながらサラダを見つめる。
ちくしょう。なんでこんなざっくざく切ってあるんだ!スティックサラダか!
覚悟を決めろ、。決めなきゃ駄目なのよ!
ごくりと生唾を飲んでサラダに箸をつける。そして口に…すいません。逃げました。口に入ったのはレタスです。
それから勇気を出して食べるも彼に手がいくことはなかった。


…お前もしかしてにんじん食えないのか?」
「…ん?なんのことかな?」


にこり笑う。
…先生の視線が痛い。無言なのに「じゃあ食え」っていう声が聴こえてくる気がする。


「……ごめんなさい。食べれません」
「は?食えない?にんじんごとき食えないでどうすんだっつーの」
「完璧食べれないわけじゃないもん。食べたくないだけだもん」
「それを食えないっつーんだよ。食え」
「むーりーでーすーっ!」


お皿に残っているにんじんを箸に刺されて口元に差し出された。先生の意地悪!とは思っても口で言ったらにんじんを放り込まれてしまうから心で叫ぶ。


「食わないと口移しで食わせっぞ」


この発言に にんじんから先生に視線を移せば、妖艶に微笑む彼の姿。やばいぞ、本気だ、この人。
口移しはさすがに遠慮したい…!
本能で危機を感じ取り今度こそ覚悟を決めて目をきつく瞑って身を乗り出す。
あーんという先生の言葉を聴きながら(なんという羞恥!)口を開けて勢いよくにんじんを食べた。にんじん独特の甘い味が口の中に広がる。噛むのもそこそこにごっくんと飲み込んだ。


「よく出来ました」


目を瞑った暗い視界の中で先生の声とやわらかい感触を感じ驚いて目を開ければ、案の定視界にぎりぎり入る大きさの先生の顔があって。顔が離れてから大声で講義する。


「何やってんですかーっ!」
「何ってに褒美やったんだよ。オレ様優しいから」
「いりませんよ!」
「んなこと言ってホントは欲しかったんだろ?…素直になれよ」


再び近づいた顔に、かかる吐息と甘い声が思考を止めさせる。


「…っ近づくなー!変態教師ーっ!」
「ほー変態…よく言うねぇ…」


にこり笑った先生が立ち上がって私に近づいて、私は逆に逃げようと後ろに後ずさりするけれど、この勝負の結果はみえみえで。壁に追い詰められた私がなくことになるのは言いたくない秘密だ。


すききらい



先生の前では嫌いなものでも無理して食べようと思った今日この頃。