目の前で賑わう彼らを見ていると微笑ましくも寂しい気持ちになる。 「、飲んでるか?」 藤堂くんの声に反応して空を見つめていた視線を彼に向ける。 それなりに、と返事をして曖昧に微笑んだ。 私がこの世界(どうやら薄桜鬼の世界らしい)にトリップしてから数週間が経とうとしていた。 風邪で倒れていたところを保護され、新撰組にお世話になることになった私は、病が治るまでという期限を過ぎて なお、こうしてここに置かせてもらっている。正直言って、隊員(幹部含め)の警戒する視線が痛いのだが、行くあてがない私には縋ることしかできない状況で。 それでも数週間居れば警戒もとけてくるだろうと考えていた私が甘かったのか、私を監視する目は緩むことがなかった。 そんな中、フレンドリーに話しかけてくれるのは藤堂くんだけ。他の幹部や隊員とも事務会話ぐらいならするけれど、沖田さんだけは私に近づこうともしなかった。(まあ、近づかれたら近づかれたで命の終わりを感じるけれど) 「…ー? どうしたんだよ」 「え? あ、ごめんなさい。なんでもないです」 「なんでもないなら良いけどさ。つか、敬語やめようぜー? 俺、堅っ苦しいのとか苦手なんだよ」 苦笑しながら藤堂くんが私の隣に座る。 私が居る濡れ縁は庭の賑やかさから離れて静かだ。そよぐ風が心地良い。 「……藤堂くん、戻らなくて良いの? 原田さんとか探してるよ、きっと」 実際、騒がしさの中に「平助ー?」と呼ぶ声がする。 「別にもう少しぐらい居なくたって平気だろ。どーせ左之さんと新八っつぁんのことだしさー」 「藤堂くんが良いなら良いけど……」 私と居たら幹部の人たちと反発してしまうのではないかと不安になる。 そのことが顔に出てしまっていたらしく、だいじょーぶだって!と彼は笑って杯に口をつけた。 私もそれにならって杯に口をつける。水の冷たさが喉を通った。 「……まさかがこうやって部屋から出てくるとは思わなかった」 ぽつりと呟かれるように零れた言葉に「そうかな」と相槌を打つ。 「だって、お前、俺たちに近づかないようにしてるし。俺たちも……だけどさ」 藤堂くんの表情は月光の影で見えない。 「だから、こうやって俺たちが月見酒してるときに部屋から出てくるなんて思わなかった」 「私も考えてなかったよ、こうやって自分から近くにいこうなんて」 警戒しているならそれで良いと思った。距離が近づくことがなくても別に良いと。 「でも、こんなにも月が綺麗だから」 つい出てきてしまったのだと言えば、彼の笑う気配のあとに肯定の返事。 「さーってと! そろそろあの二人が痺れ切らしてこっちまで来そうだし行くかなー」 スッと立ち上がって私に手を振って彼は自分の場所へと戻っていく。 私は彼が座っていた場所の温度を手で感じながら、視線を空へと向けた。 まるいまるい望月の周りには雲ひとつなくて。まるで強い光を放つ月に恐れをなしたかのようで。 この月を衰退することのない栄華と詠んだ人物は誰だったか。 衰えないものなんて何もないのに。この月さえも欠けてしまうのに。 「距離が近くなくたって良い……そんなの嘘っぱちもいいところだよ」 少しでも私を中に入れてくれたら。心のどこかで思ったから部屋から出てきたのだ。 ……残念な結果に終わったとしかいえないけれど。 そうでなければ月が綺麗だから、なんてそれだけで出てくるほど私は心の澄んだヤツじゃない。 自嘲を零して杯の中の水に月を映す。水に揺れる月はもう円ではない。 近づかなければすべては一歩遠いところで起こるのだと思っていた。思い込んでいた。 けれど、私は一度ゲームの中で千鶴ちゃんとして好意を彼らから向けられてしまった。情なんて彼らを初めて見たときから移ってしまっていたのだ。 だからこそ、この先を知っている私はここを捨てることができない。今の平穏が永遠に続くような気がして。 でもそれは気がしているだけなのだと、永遠に欠けることのないものなんてないのだと、何度も繰り返した画面が告げる。全員を助けるなんてできっこないと誰かが嗤う。 少しだけ幸いなのは、私が千鶴ちゃんに成り代わっているわけではないらしく、羅刹暴走のところまではいっていないことだ。彼らの平穏がまだ続くことに安堵する。 願わくば、この日常ができる限り長く続くようにと、杯に映した歪な望月を飲み干した。 月宴彼らが好きだからこそ、先なんて見たくない |