突然の声。 その声に導かれて歌が聞こえた。 知らない歌だったけど、心にすんなり入ってくる歌。 いや、この声だからすんなり入ってくるんだ。 これを違う人が歌っていたらきっとこんなに心で響かない。 歌ってる奴は多分、女子。 僕は名前も顔も知らない彼女の声に耳を傾けた。 ・・・部活中だと忘れて。 「不二、何を突っ立っている。」 「え?」 「・・・グランド10周だ」 「あぁ・・・」 部長に後ろから言われて本当に焦った。 「(部活中だっていうのすっかり忘れた・・・)」 言われた通りグランドを走ろうとグランドに向かう。 でも、やっぱり今も聴こえる歌が気になって僕の足は自然と声の方へ動いた。 自分でもなんでこんな気持ちになるのかわからない。 けど、あの声を出す彼女に惹かれていく。 彼女の姿が見たい、声を聴きたい。 これで音楽教師(39歳)だったら嫌だけど。 聴こえてきた歌は音楽室から聴こえてきていて、今自分が外にいる事を恨んだ。 音楽室は3階だ。僕が走っている間に彼女は帰ってしまうかもしれない。 逢えないかもしれないという事が頭によぎってまた足を速める。 やっと3階に着いて音楽室へあと何歩というところで歌が止まった。 けれど、誰かが出てくる様子はない。 僕は不思議に思って、音楽室の扉を開けた。 「・・・誰も居ない・・・?」 そう、誰も居なかった。姿かたち、人間らしきものは見当たらない。 逢える、と思ったのに・・・。 ふとピアノの上に置いてある楽譜に眼が行く。 名も知らない彼女が歌っていた歌の楽譜。 頑張ってどういう音だったか思い出す。 「・・・君に、出逢えた奇跡、は」 聴いた事がない歌だった。彼女が作ったのだろうか? 名前が作詞者のところに書いてあるからそうだと思う。 ・・・“ ”さん、か。 聴いた事がない名前だった。 戸惑いながらも思い出し、声に出して歌にする。 メロディーが心と部屋に響いていく。 君に出逢えた奇跡は この胸にしみこんで なんでも出来るような気にさせる 悲しみだって乗り越えられる 苦しみだって癒していける そんな不思議な出会いを ボクは待っていたんだ こんな奇跡な出会いを ボクは知っていた 君に言ったら笑われるかもしれない・・・ けど、 ボクはそう思ってる 彼女がどんな思いでこれを書いたかはわからない、けど 胸が熱くなった。 意味を持たなかった言葉たちがこんなにも輝いて音を光らせる。 「・・・良い曲だね・・・。ありがとう」 ポツリ、ここに居るかもしれない彼女に呟く。 そして笑みを浮かべて音楽室を後にした。 手塚が怒ってるかもしれない。 ・・・いつか、彼女に逢えたら良いな。 なんて事を考えながら階段を急がず、ゆっくり下りる。 コートに戻るとやっぱり手塚に怒られて、グランド20周(さっきの10周に追加)を命じられた。 英二や大石には「らしくない」と心配され、越前には「まだまだっスね」と嫌味っぽく言われた。 ・・・先輩なんだけど、僕。 越前の嫌味に心の中でツッコミを入れ、グランドを走り出す。 秋の冷たい風も苦しくなかった。 あれから、彼女の歌を色々なところで聴く。 きっと場所を変えて僕に場所がわからないようにしているんだろう。 今日も聴こえる彼女の歌を聴きながら、柔らかく笑う。 彼女に逢いたい・・・ 日に日に強くなっていく心。 僕はいつか、逢えるのだろうか・・・? 期待と不安が胸を襲った。 |