私の想い人には好きな人が居る、なんてよくあるネタ。よくありすぎて、苦笑しか浮かばない。 初恋なのに、人のことを初めて友愛とは違う愛で愛しいと思えたのに。 “初恋は叶わない”っていうけれど、迷信じゃないんだ。 「がーくとっ」 「ん?、どうしたんだよ」 「べっつにぃー?…彼女と仲良いみたいだね」 からかいながら言えば、岳人は顔を真っ赤にしながら反論して しまいには拗ねて顔を背けられた。 岳人の表情は 彼女のことが大好きです! っていう気持ちが前面に出ていて、その初々しさにこっちまで照れてしまいそうだ。 拗ねた岳人に苦笑しながらごめんと謝って、予鈴のチャイムが鳴ったことを良いことに自分の席に戻った。 席に座って溜息をひとつ。視線は自然と岳人の方へ向かう。 岳人、知ってる?私、貴方の前では頑張って笑顔つくってるけれど、苦しくて堪らないんだよ。 ねぇ気づいて? 私はここに、こんなに近くに居ることを。 どうしようもない自分に失笑が浮かぶ。 もしかしたら私は岳人なしじゃ生きていけなくなってしまったのかもしれない。 教室に入ってきた先生の声をバックに聴きながら、ふとそう思った。 授業が終わり、何をするわけでもなくボーっとしていると、視界の端に岳人と彼女の姿を見つけた。 2人とも幸せそうに微笑み合っていて、私の入る隙なんてないことを実感する。 「嫌いだよ、岳人なんて…」 ズキン、胸の痛みを隠すように小さく小さく呟いた。 + + + …私、いつ掃除当番になったんだろう。 放課後の教室には私と岳人の姿しかなく(普通、掃除当番は5人程度でやるもののはずだ)、床を掃く音だけが聴こえる。 なんとなく気まずい空気の中、私と岳人はお互い口を開かずに黙々と掃除を続けた。 「向日くん」 しんとした教室に響いたのは岳人の好きな人の可愛らしい声。 今まで俯いていた岳人はその声に気づいて、急いで扉の方へ駆け寄る。 教室の中には2人と1人。今までの気まずさが嘘だったかのように岳人と彼女の周りは明るく見えて、独りの私はさっきよりも虚しくて自然と掃く動作を止めた。 1秒1秒がどうしようもなく長くて苦しくて。 彼女は岳人と少し雑談して何か渡したあと、廊下を走り去っていった。彼女の背中を岳人は照れたように笑って見送る。 ずきん、ずきん。胸が痛む。 「岳人なんて、嫌いだよ」 また小声で呪文のように呟いた。 2人しかいない教室で声が響き、声に気づいてしまった岳人が幸せそうに振り返る。…そんな顔、しないでほしい。 「なんか言ったか?」 「岳人が嫌いって言ったの」 「は?」 「嫌いなの、アンタのこと」 胸が痛くて苦しくて苦しくて、挙句の果てに吐いた言葉は絶望で。 岳人が怪訝そうに私を見つめ、私はそれを呆然と受け止めた。 私の口は、糸がブツリと切れたかのように残酷な言葉を吐き続ける。もう、疲れたよ。貴方を好きで居ることに。 「背なんて私より小さいし」 (そんなこと 気にならないよ) 「頭も私より馬鹿だし」 (馬鹿だっていいんだ) 「その髪型、可笑しいし」 (私は好きだ) 「幸せそうに笑っちゃって ばっかみたい」 (1度でいいから、1度だけでもいいから私にその顔を向けてください) 「アンタなんて大っ嫌い」 (今もこれからも大好きです) 一気に言ったせいで息切れしながら顔を上げれば、今にも泣きそうな岳人。…なんでそんな顔するのよ。 岳人の顔が見れなくて、ここに居たくなくて私は教室から逃げ出した。 廊下を少し走って空き教室に飛び込み、ぺたんと座り込む。 「…っ」 頬に涙が伝わる。涙は拭うことなく声を殺して泣いた。苦しいのは酸素が足りないせいか、それとも胸が痛いからなのか。 大好きです、貴方のことが、どうしようもないくらい。 本当はね、嫌いなところなんて1つもないんだよ。 背が小さいところも馬鹿なところも独特な髪型も全部全部、だいすきなんだよ。 素直になれなくてごめんね。傷つけてごめんね。 嫌いになれなくて、ごめんなさい 今は後悔だけが残る。…違う、か。後悔じゃなくて負け惜しみだ。勝負する前に私からリタイアしてしまったんだ。 「なんでが泣いてんだよ」 後ろから声がして、反射的に振り向けば、涙で顔が赤くなっている岳人が居た。 なんで?どうして?混乱している頭で唯一まともな疑問は どうして岳人が泣いているのか だった。 だんだん岳人が私に近づいてきていることに気づきながらも、視線を逸らせず岳人を見つめる。 暖かい温度が私を包み込んだ。 「お前、勘違いしてるみたいだから言っておくけどな」 顔が見えないはずの岳人の顔が手に取るようにわかる。 「俺が好きなのは…」 嫌いになる努力も無駄いっそ、存在さえも認めたくないほど嫌いになれたら良かった、なんて言ったら君は怒るだろうか。 『氷帝三年R誕生祭』様参加作品 お題配布元『恋したくなるお題』様 |