どんな行動をとったら逃げられた?


カチャリと扉の鍵を開けて中に入れば出迎えてくれたのは由美子さん。
夜遅いこの時間に由美子さんが起きているのはちょっと吃驚したけれど、ただいまと言っておく。


「おかえり。ちゃん。家に帰ってくるの久しぶりなんじゃない?」
「1ヶ月くらいですかね」
「もっと帰ってきてくれて良いのに。」
「そういうわけにはいきませんよ」
「もう。いつでも帰ってきて良いんだからね?」
「…うん」


ありがとう、そう言って笑えば由美子さんも微笑んだ。
私は一時期この不二家に居候として置いてもらったことがある。両親が海外旅行に行ってしまったからという定番の理由で。
両親はまだ帰ってきていないけれど、私も自分でお金を稼げる年になったし、高校生になった周助と一緒の家に居ることが厳しくなったから、今は近くのマンションに独り暮らしをしている。
由美子さんは理由を知っていた所為か、すんなりと独り暮らしを認めてくれたけれどママさんや周助が反対してくれた。嬉しかったけど、反対を押し切ってまで私はこの家を出なくちゃいけなかった。
周助を好きになってしまったから。
惚れない女はいないくらい整った顔立ちに、柔らかな性格。そんな人と私みたいな他人が一緒に住んではいけなかったんだ。


「由美子さん…あの、周助はもう寝ましたか?」
「寝たわ。あの子にしては遅くまで起きてたんだけどね」
「それは由美子さんもでしょ?」
「フフ、そうね。明日はあの子の誕生日だから皆が寝たぐらいの時間にちゃんが来ると思ったの」
「バレバレでしたか」
「バレバレよ。さぁって、ちゃんにも逢えたことだし私はもう寝るわ。母さんに逢うまで居るんでしょ?」
「居るつもりですけど…逢ってすぐに帰るかな」
「そっか。じゃぁ私も早起きしなくっちゃ、母さん起きるの早いから」


由美子さんは悪戯っぽく笑って、おやすみと自分の部屋に上がっていった。
ダイニングの椅子に座りながらゆっくり息を吐く。
高校生の男の子に何をあげたら良いのかなんてわからなかったから、無難にシルバーネックレスにしたんだけれど周助は気に入ってくれるだろうか。付けてくれたら嬉しいな。
…ってもしかして、子供にクリスマスプレゼントをあげる親の気持ちってこんなんなのだろうか。
自分で考えて可笑しくなった私は独り忍び笑い。
一通り笑ったあと覚悟を決めて周助の部屋へと向った。



音を立てないように階段を上がって周助の部屋の前に立つ。
ゆっくり扉を開ければ、ベッドに寝ている周助の姿。規則正しい寝息を立てているところをみると熟睡しているようで思わず一息吐きそうになった。
ゆっくりとベッドの脇に膝立ちになって枕の横にプレゼントを置く。
プレゼントから視線を逸らすと1ヶ月ぶりに見る周助の顔。
周助 好きだよ、心の中で呟き微笑んでから起こさないように立ち上がる。
本音を言えばもっと周助の顔を見て触って抱きしめて、世界中に聴こえるくらいに好きと叫びたい。
でもそんなこと出来るはずもなく、周助に背中を向けた。
刹那、腕を引かれ、私の体は後ろへ倒れた。
反射的に目を瞑って衝撃に備えても、考えていたより衝撃は少なくて目を開ける。


「…さん」


衝撃が少なかったのは周助が受け止めてくれていたからだったのか。


さん。逢いたかった」


後ろから縋るように周助が言った。
私も逢いたかったよと平気な顔で返すことは出来そうにない。


「周助…」


結局言えたのはこの一言で。
他にもっと言いたい、言わなくちゃいけないことがあるはずなのに。


「もっと呼んで…」


周助が言い終わるのと同時にくるりと視界が反転する。見えなかった周助の顔が見えた。
私の体に周助が馬乗りになっていて、押し倒されたんだ、なんてふと思う。
押し倒された危機感より、周助の切なそうな顔を見ることがつらくて目線を逸らした。
顔の隣にあった周助の綺麗な指が私の顔をなぞる。


「逢いたかったんだ…ずっとさんが来るのを待ってた」
「待ってた、の?」
「そう。長かったよ」


指の動きに顔が熱を持つ。ゆっくりと指が顎をそして唇をなぞっていく。


「…12時だね」


周助の言葉に「そうだね」と返せば、クスリと周助が笑った。
逸らしていた視線を元に戻すと近づいてくる顔。
唇と唇との間が1センチぐらいになったとき、周助はいったん止まって至極嬉しそうな声で囁いた。


「やっと1歩近づけた」


近すぎる周助に私の心拍数は上がり、息がうまく出来ない。
こんなことあるはずない。思い上がっちゃいけないんだ。頭の中で警告音がする。
「やめて」の言葉を口にしたかったのに、音は周助の唇に奪われた。
優しくて、触れてしまう事を恐れているようなそんな口づけ。


「プレゼントはいらないから…傍に居てほしい。さんの時間が欲しい。そう言ったら、怒るかい?」
「怒らない…。でも、気障だと思う…」
「なんて言われても良いよ。傍に居てくれるなら」


1回離れてからまた近づく。
思い上がってしまいたいと思う瞬間。


さん、好きです」


拒絶する言葉が見つからなかった。そう言ったら逃げになってしまうのだろうか。


逃げ道を自分で無くした愛する人の誕生日。


逃げ道



Happy birthday S.Fuzi!