人との関りの中、本気で泣いたのはあの時だけだと思う。 ずっと、入学当初から大好きだった彼、手塚 国光。 思って想って想い続けて3年目、私は決死の思いで告白した3ヶ月前。国光からの答えはOKで。だから、今は彼氏彼女の間柄。 毎日がどうしようもなく幸せだった。 「国光!」 私がそう呼べば、 「」 彼の声が返ってくる、そんな幸せ。そして、それが当たり前になっていった。 国光と付き合っていると面倒ごとに巻き込まれることも少なくはなかったけれど、国光が居れば我慢できた。 嫌がらせにも耐えられるくらい、国光を信じていたし幸せだったんだ。 あの言葉を聴いてしまうまでは。 「手塚くんはアンタのことなんか好きじゃないのよ!」 「そうよ!手塚くんには本当に好きな人が居るの!アンタなんかお呼びじゃないの!」 「嘘だと思うなら部活の時間にテニスコートに行ってみなさい!」 呼び出されて罵声を浴びせられたあと、それでも別れないと言ったときに言われた言葉。 彼女たちの遠吠えじゃないか、そう考えていたはずだったのに。 信じたわけじゃなかった。でも、信じないわけじゃなかった。 むかむかする気分で彼女たちに言われたとおりテニスコートに行けば、マネージャーと楽しそうに話している国光が居た。その顔は私にも滅多に見せないような安心しきった、それでもなお愛おしいものを見るような顔で。 ガツンと何かで殴られたような気がした。 「手塚部長って、先輩と仲良いっスよね」 「そらそーだろ、越前!ずっと前から好きだったっつー噂だぜ?」 「そうなんスか?でも部長には彼女居るって聴きましたけど?」 「あー…先輩と似てんじゃねーのか?その彼女」 すぐ傍から聴こえてきたレギュラーの声にマネージャーの顔を見ると、雰囲気がなんとなく私に似ているように思えた。…もしかしたら、逆なのかもしれない。私が、彼女に似ているのかもしれない。 頭が真っ白になる。 国光は私が彼女と似ていたから、私と付き合っていたの?私は彼女の代わり? そんな疑問が頭をぐるぐる回って。 国光に言われたわけでもないのに、肯定の声が聴こえるような気がして。 空を覆いつくしていた雨雲が、私の心を悟ったように活発に動き出した。ぽつりぽつり、水滴が体を湿らせる。 テニスコートに居た人たちは走って校舎の中に避難したり、準備していた傘をさして帰路についていた。 私は呆然と立ち尽くしたまま、鞄の中にある傘もささずに雨に打たれる。頬に伝わった水は雨粒かそれとも。 「…?」 体を冷やす雨音の中、ふと聴こえた声に振り向くと怪訝そうな顔の国光が私を見ていた。 「国光…」 呟いた声は国光に届いただろうか? どうしてそんな顔してるの?と問いかけようとしたのに、私の体は勝手に動いて気がつけば国光に抱きついていた。 そして、背伸びして耳元で囁く。 「…別れよう、国光」 国光の表情が動いた気配がしたけれど、感じなかったことにして続ける。 「国光は、ちゃんと自分の好きな人と幸せにならなきゃ駄目だよ」 「なぜ、そんなことを言う?」 「そう思ったから」 「お前はそれでいいのか?」 いいはずないじゃない。 気持ちを隠すように体を離してにっこり笑った。 「うん」 返事を返せば国光は眉間に皺を寄せて俯いた。 少しの沈黙のあと口を開いた国光を見て私はくるり背を向け逃げ出した。承諾の言葉なんて聴きたくない、それに私と国光はもう終わってしまったんだ。 国光が完全に見えなくなってからその場に座り込み、何分も何十分も涙が出なくなるまで泣いた。 引き止めてほしかった。でも別れたかった。 国光を苦しめたくない。偽善者と言われても、国光には幸せになってほしかった。 そんなエゴを押し付けた私のせいなんだよ、全部ぜんぶ。 2人の顔を見ていれば嫌でもわかった。 国光はあの子が好きで、あの子は国光が好き。 たとえ、私の位置が“彼女”だったとしても、相思相愛の2人には勝てるわけないんだ。 延々と止まない雨の中、私は涙を流しながら国光の幸せを祈った。 + + + アルバムをめくりながら、あの頃は若かったな…と思い返して自然と笑いが零れる。 私の初恋は、ほろ苦いビター味で幕を閉じた。 「何を笑っている」 「…ちょっと、ね?初恋は苦かったなーって」 隣に居る夫に向けてにやりと笑えば、彼は小さく溜息をついた。 私は今、結婚して幸せな日々を送っている。 生活環境は昔と比べると変わりに変わってしまったけれど、気持ちだけはいつまで経っても変わらない。 今も国光の幸せを願ってる。 「…またか。あれはお前の勘違いだろう」 「だって…さんって微妙に私に似てたし、女の子ならそう考えちゃうの!ていうか、越前と桃城がいけないんだよ!」 「急に別れを告げられて驚いたんだぞ、こっちは」 「私だって大変だったんだよ!」 昔と違うのは環境だけじゃなくて、国光の幸せは私の幸せと繋がってるっていうところかな。 何年かあとに、私と国光は再会した。確かクラス会だったと思う。 その場で勘違いだったことに気づいて、自然と付き合いだした。 そして、結婚に到ったと。 今は2人で新婚生活を満喫中。 たまに思い出すのは昔の勘違い。 「…私たち、あの頃青春してたんだね」 「いきなりなんだ」 「いや、さ。本当、切なかったなーって」 「それは俺も同じだろう」 「それもそうだ」 見つめ合って2人で笑う。笑いながら国光の肩に頭をのせ、口を開く。 「国光」 そう私が呼べば 「どうした?」 と国光の声が返ってきた。 「なんでもない」 フフッと笑って、目を閉じた。 願わくば、一生この幸せが続くように。 少女・少年時代思い出すのは懐かしいあの時代。 |