君が居れば、呼び出しなんてへっちゃらなのです。


「景吾、今日ちょっと用があって部活遅れるんだけど…」
「…またかよ、。今月何回目だっつーの」
「しょうがないじゃん。いろいろとあるんだよ、私にだってさー」
「…仕方ねぇな」


溜息交じりの返事に明るく「ありがとう!」と言って玉子焼きを箸で掴んだ。
景吾は物分りが良くてよかった、と顔に笑みを浮かべる。


「で、用事ってなんだ?」


…前言撤回。よくなかったようです。


「……なんで訊くのさ」
「馬鹿かお前。監督に報告できねぇだろうが」
「適当に言っておいてよ!委員会の仕事があるとかなんとか!」
「アーン?それは俺に嘘吐けっていってんのか?…それとも、何か俺には言えないような用事なのか?」


じっと私の顔を見つけられて、言葉に詰まった。
見られているだけなのに本当のことを話してしまいたくなるオーラが景吾にはある。


のことやから呼び出しやな」
のことだから呼び出しだな」


忍足と岳人が真面目な顔して言った後、それぞれの言葉を肯定するように頷いたりするから その場は一瞬沈黙。
景吾も雰囲気に乗っかって「呼び出しなのか?」なんて真剣に訊いてくる始末で。私は景吾に見えないように忍足と岳人のことを恨みがましく睨んだ。

そうですよ!その通りです、呼び出しですよ!景吾ファンのお嬢様たちから呼び出されたんです!

そんなこと言えるはずもなく苦笑して、呼び出し論を否定する。


「違うし!忍足も岳人も馬鹿なこと言うんじゃないって!それに、私のことだからって何よ」
「えぇー絶対そうやと思ったんやけどなー…」
「ちーがーいーまーすー!」


乱暴に玉子焼きを口に放り込んで強制的に会話を終了させる。忍足たちはぶーぶー言ってたけれどそんなこと関係あるか!
それより私は途中から何も言わなくなった景吾のことが気になって仕方がなかった。
賢い彼は私がついた嘘に気づいてしまっただろうか?




+ + +




スバラシキ放課後 IN 裏庭

定番過ぎて笑いがこみ上げる設定の中、私は3人のお嬢様方に囲まれていた。3人とも普通にしていれば可愛い子たちばかりで少し残念だ。
私が彼女たちより遅く来たことで彼女たちの怒りはますます上がってしまっているらしく私を見つめる視線が痛い。


「遅いわよ!」
「遅いって言われても…時間指定なかったし」
「…!アンタ、ふざけてるわけ?」


リーダー格らしき子が眉間に皺を寄せて怒鳴りだす。それを合図にして張り詰めていた空気が一瞬にして弾けた。さっきまで日常があった裏庭に日常がなくなった。
動いたら体が悲鳴をあげそうなそんな雰囲気。
彼女たちが換わりがわりに息の吐く間もなく怒鳴るのをなんとなく聴きながら、呼び出しを実感した。


「アンタなんか跡部様にふさわしくないのよ!」


…少し胸が痛んだ。
意識をこちら側に戻せばすべて罵倒。


「跡部様もなんでこんな子 傍に置いていらっしゃるのかしら!信じられない!」
「本当よね。跡部様、この頃可笑しいわ!」
「すべてこの女の所為なのよ!」


ちょっと待って。今、誰の事を言ってるの?


「…ちょっと、なんで景吾が可笑しいって言われなくちゃいけないわけ?」


私のことはなんとでも言えば良い。でも、景吾のことをけなされるのは許せない。


「貴女たち、景吾のこと好きなんでしょう?なんで好きな人のこと可笑しいとか言うの?」
「…っ」
「本当に好きならそんなこと言えない。言えるはずないよ」
「煩い…煩い煩い…っ!!」


目の前の子の手が高く上がる。それを見ながら あぁ私叩かれるんだなんて冷静に考えている自分に心の中で苦笑した。
目を閉じて痛みを耐えられるようにすれば、パン、肌がぶつかる音。けれど、私に痛みはなくて目を開く。
私を呼び出した彼女たちは信じられないようなものを見るような顔をしていて、自然とその視線の先をたどった。


「け、いご…?」


うまく声にならないのは、それほど驚いているからだ。


「あの…こ、これは!」
「この子が私たちに因縁をつけてきて…!」
「わ、私たちは何もしてませんっ!」


私の声を掻き消すように一斉に話し出した彼女たち。きっと私にしていることを隠そうと必死になっているのだろう。


「…今なら見てねぇことにいてやる。さっさと行け」
「「「…!はいっ」」」


いつもより低い景吾の声。背中しか見えない私には、彼の表情なんてわからなかったけれど怖いと思った。何度も景吾を怒らせている私でさえそう思ったんだから、彼女たちにはそうとう応えたはずだ。
怯えながら急いで走り去って行く彼女たちの姿を見てから景吾を見ると、私の視線に気がついた彼が振り返った。
眉間に皺を寄せて、私に問いかける。


「何か、されたか?」


てっきり怒られるものだと身構えていた私は拍子抜けで。数秒口を開けっぱなしにしたあと、問いに答えた。


「……何もされてない。」
「そうか、行くぞ」
「え?ちょっ…」


スタスタと歩き出す景吾を急いで追いかけ、勢いよく後ろから抱きついた。
普通の人ならば倒れてしまいそうなものだけれど、さすがはスポーツマン。私が抱きついたくらいじゃビクともしない。


「ありがとうね!」
「自惚れんなよ、馬鹿。あんな現場見逃したら俺の印象が悪くなるから助けたまでだ。」
「それでも!」


嘘つき。
景吾、自分の足元ちゃんと見てないでしょ?…上履き、砂やら埃やらで凄く汚れてるよ?
これって、どろどろになるほど探してくれたったことだよね?

そう言えば、景吾は少し苛立ったように「うるせぇ」と真っ赤な顔で言った。
可愛いな景吾。そんなことを思いながら、軽く笑ってより強く景吾に抱きつく。景吾が歩き出さないってことは抱きついてても良いって証。
氷帝ジャージにしみこんだ汗と景吾の匂いがして幸せな気持ちになった。


「景吾って格好良いよね」
「当たり前のこと言うんじゃねぇよ」
「ナルシスト」
「アーン?」
「大好き」


景吾から離れて顔が見えるところまで行って手を握る。握り返してくれた手が暖かかった。


「俺も好きだぜ?」


聴こえるか聴こえないかぐらいで囁かれた言葉。とてつもなく私を幸せにする言葉。


…ねぇ、少しは自惚れたって良いでしょう?


自惚れるなよ。俺の為だ



必死に探してくれた君に愛の言葉を。

『氷帝三年R誕生祭』様参加作品     お題配布元『恋したくなるお題』様